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第38回 プライバシー侵害の成立要件(5)

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回も引き続き、プライバシー侵害の成立要件が争点となった具体的事例を見ていきます。

1要件⓵「私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること」、⓶「一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがらであること」が争われた事案(続き)

(個人識別情報)
個人識別情報とは、氏名、職業、住所、電話番号等が該当します。これらは、個人の属性を表すに過ぎず要件①に該当しないのではないか、性質上ある程度公開が予定されていることから要件②に該当しないのではないかとの疑問も生じますが、肯定される例が多く見られます。

〇眼科医が地域別の職業別電話帳に掲載した氏名、職業、診療所の住所・電話番号をパソコン通信ネットワーク上の掲示板システムで公開されたことについてプライバシー侵害等が争われた事案(神戸地判平11・6・23判時1700-99)

裁判所は「原告は、自宅住所とは別の、本件掲示に記載された場所に眼科の診療所を開設している医師であり、その氏名、職業、診療所の住所及び電話番号は、NTT作成の地域別の職業別電話帳に広告掲載されている。したがって、右原告の氏名、職業、診療所の住所・電話番号は、原告の業務の内容からして当然に対外的に周知されることが予定されているものといえるから、必ずしも純粋な私生活上の事柄であるとはいい難い面がある。」としつつも、「人の正当な業務の目的のために、その目的に係るものであることが明白な媒体ないし方法によって当該個人の情報が公開されている場合には、その個人情報は、右業務と関係づけて限定的に利用され、右業務とは関係のない目的のために利用される危険性は少ないものと考えられ、右公開者においては、そのように期待して、右公開に係る個人情報の伝搬を右目的に関わる範囲に制限しているものといえる。

そして、右のように、個人の情報を一定の目的のために公開した者において、それが右目的外に悪用されないために、右個人情報を右公開目的と関係のない範囲まで知られたくないと欲することは決して不合理なことではなく、それもやはり保護されるべき利益であるというべきである。」等と述べて、要件①、②のいずれにも該当すると判断し、プライバシー該当性を肯定しました。

2要件⓷「一般の人々に未だ知られていないことがらであること」が争われた事案

(1)前記神戸地判平11・6・23判時1700-99

被告は「原告は開業医であるから、自らが医者であることや、どの医師会に属しているかといったことは、原告の診療所において公開されているのが通常であるし、また、医師会ではそのような情報は電話でも簡単に応答してくれるのであって、これらは秘匿性のない情報である。」等と主張して要件③についても争いましたが、裁判所は「右電話帳の記載の検索は、通常、眼科医の診療を希望する者がその診療所を探すという目的で利用するという特定の場合にすぎないと解されるから、右職業、診療所の住所・電話番号は、一般人には未だ知られていない事柄であると解するのが相当である」と述べて、プライバシー侵害を肯定しました。

一般人がアクセスできる状態の情報であっても公知を認めておらず、裁判所が要件③を緩やかに認める傾向が読み取れます。

(2)会社の元経営者が妻との間で争っている民事訴訟事件について特集記事を掲載した週刊誌に関し、プライバシー侵害が争われた事案(東京地判平13・10・5判時1790-131)

被告は「訴訟記録はいわば『公開された公記録』に当たり、その内容は『一般の人に未だに知られていない』情報とはいえない。」等と主張して要件③該当性を争いましたが、裁判所は「別件訴訟が公開の法廷で行われ、訴訟記録の閲覧が制度上認められているからといって、本件記事の内容が当時一般の人々に知られていたとは認められない」「裁判が公開され訴訟記録は誰でも閲覧することができるという制度の下においても、実際に裁判を傍聴し又は訴訟記録の閲覧をするのは、その事件に積極的な関心や問題意識を有している者など少数の者に限られている。情報を公開するという制度が存在することと、その公開情報を入手して報道することにより当該事実を知らない不特定多数の者に現実に公表することとは自ずと質的な相違がある。」と述べて、要件③に該当すると判断し、プライバシー侵害を肯定しました。

この事案においても、当該情報へのアクセス手段の存在にもかかわらず公知性は否定されており、要件③を緩やかに認める判断がなされています。

ポイント

個人識別情報(氏名、住所等)について、裁判所が要件①、②該当性を肯定する例が多く見られる。
要件③「一般の人々に未だ知られていないことがらであること」について、一般人が当該情報へアクセスする手段があったとしても公知性を認めていない事例があり、裁判所は要件を緩やかに認める傾向がある。

次回はプライバシー侵害の救済方法について見ていく予定です。

原田真 このコラムの執筆者
原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか

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