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第37回 プライバシー侵害の成立要件(4)

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回も引き続き、プライバシー侵害の成立要件のうち、①私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、②一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがらであることの二つの要件が争点となった具体的事例を見ていきます。

1外貌・容姿

外貌・容姿に関する事情に基づくプライバシー侵害の成否については、個別の事情により裁判所の判断が分かれています。

〇モデル小説において、モデルとなった人物の顔面に大きな腫瘍があることなどの表現についてプライバシー侵害が争われた事案(「石に泳ぐ魚事件」最判平14・9・24集民207-243)
小説家側は「顔に大きな腫瘍があることは本来秘匿できない外貌にかかる事柄であるから、プライバシーの侵害など起きようがない」と主張しましたが、原審の東京高裁判決(東京高判平13・2・15判時1741-68)は「個人の障害や病気の事実は、個人に関する情報のうちでも最も他人に知られたくない類のものである。」「顔に腫瘍がある者は、その障害の事実や手術歴等を殊更に公表されることを欲しないのである。(中略)そうであるのに、これを無断で公表することは、障害それ自体の苦痛のうえに、更に、他人の好奇の眼や差別によって苦しめられている者の精神的苦痛を倍加する不法な行為であって、人格権の著しい侵害として、当然にプライバシーの侵害に当たるというべきである。」と述べてプライバシー侵害を肯定し、最高裁も「原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害された」と述べて、原審の判断を是認しました。

〇芸能人(アイドル)になる前の容姿が撮影された写真を掲載した雑誌について、プライバシー侵害等が争われた事案(東京地判平16・7・14判時1879-71)
被告の出版社側は「芸能人となる前の姿を撮影した写真につき、芸能人となる前の容貌は芸能人の仕事にとって重要な現在の容貌と関係があり、一般人の感受性を基準として公開を欲しない事柄であるとはいえない」等と主張して争いましたが、裁判所は「芸能人であるがゆえに、美容整形前の容貌を知られたくないことや現在までに作り上げた雰囲気に合わない昔の姿を知られたくないことが考えられるから、芸能人の仕事にとってその容貌が重要であることから、芸能人となる前の姿を撮影した写真を当該芸能人の承諾なしに雑誌等に掲載することがプライバシー権(肖像)侵害にならないと解することはできない」と述べて、プライバシー侵害を認めました。

〇護送車中の刑事被告人の写真とともに「お腹も前よりデップリして」との記述のある記事を掲載した雑誌に関し、プライバシー侵害等が争われた事案(東京高判平5・11・24判時1491-99)
裁判所は、「通常の場合、以前と比べて太ったか否かは外形から分かることであり、特段の事情がない限り殊更に秘匿しなければならないようなこととは考えられない。そして、本件において右の特段の事情があるとは窺われないので、一般人の感受性を基準として判断した場合には、強いて公開を欲しない事項であるとまでいえるかどうか、甚だ疑問であるといわざるを得ない」と述べて、要件②に該当しないと判断し、プライバシー侵害を否定しました。

2前科

前科に関する情報は、公的な記録であり「私生活上の事実」に当たらないのではないかとも考えられますが、裁判所は、私生活上の事実に当たるとの考え方をとっています。

〇自治体が、弁護士法23条の2に基づく照会に応じて前科および犯罪経歴を報告したことの違法性に関し、前科情報のプライバシー該当性が問題となった事案(最判昭56・4・14民集35-3-620)
判決の伊藤正己裁判官の補足意見において、「本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、それに関する情報への接近をきわめて困難なものとし、その秘密の保護がはかられているのもそのためである。もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であっても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限って公開しうるにとどまるのである」と詳しく述べられ、前科情報のプライバシー該当性が肯定されています。

ポイント

外貌・容姿に関する事情について、プライバシー侵害を肯定した裁判例もあるが、要件②(一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがらであること)に該当しないとして、否定した裁判例もある。
前科は公的な記録であり「私生活上の事実」に当たらないのではないかとも考えられそうであるが、裁判所は、私生活上の事実に当たるとの考え方をとってプライバシー該当性を肯定している。

次回もプライバシー侵害の成立要件が争われた具体的事例を見ていく予定です。

原田真 このコラムの執筆者
原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか

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