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第15回 名誉毀損の成立要件(4)

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回は前回に引き続き、名誉毀損の成立が争われた実際の事例を見ていきます。今回は、名誉毀損の成立の判断が難しいと思われる事例を取り上げます。

著名な建築家がその設計に関与し工事費100億円を要した「恐竜の形をした橋」の評判が悪く、多数の地元市民から罵声を浴びている等の表現(東京地判平13・10・22判時1793-103)

この事例で、原告ら(建築家が代表を務める設計事務所と建築家個人)は、建築家が市民から大罵声を浴びていること等の事実を摘示することによって、原告らの名誉を毀損し、その社会的評価を低下させたと主張しました。

裁判所は「本件中吊り広告記事は、これを車中で目にする不特定多数の乗客に対し、我が国はもとより、国際的にも著名な建築家である原告(個人)がその建設設計に関与し、工事費100億円を要した『恐竜の形をした橋』の評判が極めて悪く、多数の地元市民から、この橋とその建設設計に関与した原告(個人)に対し、激しい罵声が浴びせられているという事実を、顔写真付きで伝えるものであり、これを目にする一般の人に対し、著名な建築家である原告(個人)が、巨額の工事費を要する橋の建設設計に関与し、地元市民からの激しい罵声を浴びるような不出来な橋を造ったという印象を与える」として、名誉毀損の成立を認めました。

ただ、クリエイターについては、人格と作品を切り離すべきとの考え方もあり、建築物の評判が悪いとの表現は、作品としての建築物についての批判であって、建築家個人に対する批判ではない、との考え方もあるところです。

書籍中で、個人の所有する著名な画家の作品が贋作であることを前提として意見、論評を述べた事例(東京地判平14・7・30判タ1160-173)

この事例において、原告は、被告ら(書籍の著者と出版社)が、読者に原告が公共団体の長をだまして、著名画家の絵を大量に売りつけようとしたとの事実を認識させるものであり、原告を詐欺師呼ばわりするものである、書籍の著者は、本件記述中で、特に理由を示すこともなく、所有するコレクションを贋作と決めつけた等と主張しました。

裁判所は、被告らが原告を詐欺師呼ばわりしたとの主張は認めませんでしたが、「他人が著名な画家の真作であるとして所有する絵画を贋作であると指摘することは、その人の絵画に対する見方が誤りであると指摘するものにほかならず、さらには、その人が贋作を取得、保管するような人物であるとの印象を与えるものであって、いずれにしろ、その人の社会的評価を低下させるものであるから、(中略)コレクションが贋作であるという事実を摘示した本件記述は、原告の社会的評価を低下させる」として、名誉毀損の成立を認めました(ただし、真実性の抗弁が成立するとして、原告の請求は棄却。)。

この判断に対しては、所有者が専門家であるといった事情がない中で、単に贋作を所有しているという事情だけでは所有者の社会的評価は低下しないのではないか、との考え方もあります。

内閣総理大臣秘書官に関する「影の総理が大放言」等との表現(東京地判平17・10・13判時1933-94)

この事例で、原告は、原告が、権力を増長させ、越権して「陰の総理」とまで称される実力者になっており、当時の自由民主党幹事長の人事にまで介入して放言しているかのような印象を読者に対して与えるものであって、原告の社会的評価を低下させる等と主張しました。

しかし、裁判所は、「『陰』にはネガティブなイメージがあることは否定できず、原告にとってみれば不愉快な記載ということもできるかもしれないが、内閣総理大臣の命を受けて機密に関する事務をつかさどることなどがその職務とされている内閣総理大臣秘書官をして、内閣総理大臣の黒衣的な存在として『陰の総理』と表現することは、政治風刺的な比喩として許容される域を超えたものとまではいえず、原告が『陰の総理』と称されているとの記載をもって直ちに原告の社会的評価を名誉毀損の不法行為を構成するほどに低下させるものと認めるのは相当でない」等と判示して、名誉毀損の成立を否定しました。

「影の総理」との表現は社会的評価を低下させるが、不法行為と認められるほど低下させるものとはいえない、という判断をしているように思われますが、この程度の表現であれば、そもそも社会的評価を低下させない、という考え方もあるところです。

タレント(妻「A」)とプロレスラー(夫「B」)の夫婦が離婚の危機にあるとの表現(東京地判平25・12・24判時2219-81)

この事例で、原告らは、一般読者の間において定着していた「おしどり夫婦」というイメージを毀損し、原告ら各自についての、安定した家庭の基盤を持ち、愛情に満ち、仲睦まじく、相互を支え合う、信用することのできる人物であるとの評価を損なうものであると主張しました。

これに対し、裁判所は、「離婚に関する事実は、離婚する夫婦が少なくない昨今の事情等をも踏まえると、直ちにその原因のいかんにかかわらず当該両当事者の社会的評価を低下させ得るものとまでは認め難い」としたうえで、プロレスラーの夫Bについては、「BがAとの婚姻前に別の女性との婚姻及び離婚をした経験を有し、それらに係る事実が既に平成19年10月に週刊誌によって報道されていたことなどをも考え合わせると、Bについては、本件各見出しにおけるBらの離婚の事実の摘示及びBらが離婚の危機というべき状態にあるとの意見ないし論評の表明は、いずれも直ちにその社会的評価を低下させ得るものと認めることは困難」として、名誉毀損の成立を否定しました。

他方、妻Aについては、「Bとの婚姻後、円満な夫婦関係を維持継続しながら活動している女優、タレントとして高い好感度を得ており、本件各記事の公表時においても、そのような好感度を背景に、CM、テレビ番組、映画、舞台等への出演等の活動を幅広く行っていたことが認められることからして、本件各見出しにおける上記事実の摘示及び意見ないし論評の表明は、いずれもその女優、タレントとしての社会的評価を低下させる」として、名誉毀損の成立を認めました。

人の社会的評価は個々で異なることから、同じ表現でも社会的評価が低下する人もいれば低下しない人もいるということになりますが、同じ夫婦についての表現で、夫と妻で名誉毀損の成否が分かれた珍しいケースと考えられます。

ポイント

 人の社会的評価が低下するといえるかは、その人の社会的立場等に照らして個別に判断されるが、その判断が難しいケースもある。

 建築家の設計した建築物の評判が悪いという趣旨の表現が、建築家個人の社会的評価を低下させると評価された事例がある。

 ある人物が所有している絵画が贋作であるとの表現により、所有者の社会的評価が低下すると判断された事例がある。

裁判所が、ネガティブなイメージがある表現と認めつつも、不法行為(名誉毀損)の成立を認めなった事例もある。

同じ「離婚」という事実について、夫婦で社会的評価が低下するか否かの判断が分かれた事例もある。

次回からは、名誉毀損の成立阻却事由について見ていきます。

原田真 このコラムの執筆者
原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか

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