広告を掲載

第36回 プライバシー侵害の成立要件(3)

  • facebook
  • twitter
  • hatena
  • LINE

回も前回に引き続き、前々回に説明したプライバシー侵害の成立要件のうち、①私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、②一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがらであることの二つの要件が争点となった具体的事例を見ていきます。

1出生・出身に関する事情

出生等に関する事情は「私生活上の事実」と考えられますが、プライバシー侵害の成否については、個別の事情により裁判所の判断が分かれています。

〇プロサッカー選手の出生以降の半生が書かれた書籍について、プライバシー侵害等が争われた事案(東京地判平12・2・29判時1715-76)

裁判所は「原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等、サッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実であり、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であって、かつ、これが一般の人々に未だ知られていないものであるということができる。」と述べ、被告の、原告が公的人物であること等を理由とする主張に対しては「著名人であっても、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実を公開されたりしない権利を有しているのであるから、著名人であることを理由に、無制限にこれが許容されるものではない。」「原告は、従来からプロサッカー選手になる以前の行動や写真につき一切公表したくないという基本的な考え方を持っており、プロになる以前の事柄については、取材を受けても一切話をしていないことに照らすと、原告の承諾が推定されるということは、到底できない。」と述べて、プライバシー侵害を認めました。

〇大手商社に勤務していた夫を殺害した容疑で逮捕され、後に釈放された原告が、逮捕を報じた記事について名誉毀損やプライバシー侵害を主張した事案(東京地判平6・1・31判タ875-186)

裁判所は、原告の出身に関する事情について「原告が華族の出身であるとの記述は、一般人の感受性からみて特に秘匿を欲する事柄とは認められないというべきである。たとえそれが夫殺害の容疑で逮捕されたことを報ずる記事中で公表されたとしても、右結論は変わらない。」と述べて、要件②に該当しないと判断し、プライバシー侵害を否定しました。なお、夫との離婚の争いに関する事情(前回取り扱った「家族関係」)についてはプライバシー侵害を肯定しています。

2収入・支出

収入や支出は「私生活上の事実」と考えられますが、要件②の該当性については、その内容等により判断が分かれるものと考えられます。

〇交通遺児の援護団体である公益法人の常勤理事であった者の、家計支出の具体的な使途や金額の記載を含む記事についてプライバシー侵害が争われた事案(東京高判平13・7・18判時1751-75)

裁判所は、「本件記事は被控訴人の家計支出の具体的な使途や金額の記載を含むものであり、一般人を基準にして考えるならば、これらの事実は他人に知られたくない私生活上の事実であるから、本件記事のうち一部の記述は、これをみだりに公表されないとの被控訴人の法的利益(プライバシーの権利)を侵害する(後略)。」と述べて、プライバシー侵害を認めました。ただし、「マスメディアによる報道が少しでも私人のプライバシーを侵害すれば、当然にこれが違法であってその私人に対する不法行為となるとすることは相当ではない。」と述べて比較衡量に基づく判断を行ったうえで、報道の自由が優先されると判断して、不法行為の成立は否定しました。

裁判所が、プライバシー侵害を肯定しながら、比較衡量により不法行為を否定した判断としても注目されます。

〇死刑囚である原告が、年金を受給している事実やその使途を報じた週刊誌の記事についてプライバシー侵害が争われた事案(東京地判平6・9・5判タ891-168)

裁判所は、書籍購読料として毎月平均2万円を支出している事実については「それ自体、社会的にみて、原告の人格的価値に対する評価を高めこそすれ、その低下を招くような性質のものとはいえず、一般人の感受性を基準とすると、それが公表を欲しないと認められるような事柄に当たるとは、にわかに認め難い。」と述べてプライバシー侵害を否定しました。

他方、退職年金を受給している事実については「一般に知られていない私的生活領域に属するものである上、その受給金額については、一般に公表を欲しない事柄に属するのであるから、退職年金受給の事実については、当該個人が受給の事実及びその金額のいずれについても、それがみだりに公表されないことにつき法的保護に値する利益を有する場合と、その金額についてのみ右の利益を有する場合があるものと解される。」と述べたうえで、本件では、受給の事実及び金額双方についてプライバシー侵害を認めました。

ポイント

人の出生・出身に関する事情は「私生活上の事実」に当たると考えられ、プライバシー侵害を肯定した裁判例もあるが、要件②(一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがらであること)に該当しないとして、否定した裁判例もある。
収入や支出は「私生活上の事実」と考えられるが、要件②を満たすかについては、内容等の個別事情により裁判所の判断が分かれている。

次回もプライバシー侵害の成立要件が争われた具体的事例を見ていく予定です。

原田真 このコラムの執筆者
原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか

コラムバックナンバー