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第10回 近隣紛争

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回のテーマは、近隣紛争です。一口に近隣紛争と言っても様々な種類がありますが、今回は近隣紛争の類型や特徴を概観していきます。

1近隣紛争の類型

近隣紛争は、大きくは①隣地・隣家の間の法律的関係(相隣関係)に関する問題と②騒音、悪臭、ペットの管理等の生活上の問題があります。

このうち、相隣関係については、民法209条から238条まで個別の規定が置かれています。主な項目としては、袋地通行権(公道に接していない土地の所有者が他人の土地を通行できる権利。210条~213条)、境界標の設置(223条、224条)、越境する竹木の伐採(233条)、境界付近の建築の制限(234条~236条)等が規定されており、こうした権利や義務をめぐって紛争が生じることがあります。また、第8回のコラムで取り上げた土地の境界をめぐって紛争となることもあります。

一方、生活上の問題については民法上に特別の規定は置かれていませんので、一般的な不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求等が考えられます。

2近隣紛争の特徴

近隣紛争は他の一般的な紛争と比べ、以下のような特徴があると言われています。

・紛争の根が深く、感情的になりやすい。
・侵害されている権利の内容が明確でない場合があり、法的判断も容易ではないため、長期化しやすい。
・争いの対象が金銭的には高額でないことが多く、解決のために費用や時間をかけると見合わないことが多い。
・相手方が近く(隣り)にいることが多いため、解決の仕方によっては後の生活に支障が生じる。

このような特徴から、費用や時間がかかる手段や強硬的な手段をとることが適当でないケースが多いと考えられます。

3近隣紛争の解決手段

近隣紛争も、他の一般的な紛争と同様に①本人又は代理人による当事者間での話し合い、②裁判外紛争解決手続(ADR)、③民事調停、④訴訟といった解決手段が考えられます。

ただし、近隣紛争には、上で述べたような特徴があることから、他の紛争に比べ、話し合いによる解決が適当であるケースが多いと考えられます。

例えば、ペットの鳴き声を理由として隣りの住民に対して訴訟を起こす場合、損害賠償として慰謝料等を請求することになると考えられますが、特殊な事情がない限り、仮に請求が認められたとしても数十万円程度にとどまると考えられます。

一方、訴訟手続を弁護士等の専門家に委任すれば、相応の費用がかかりますので金銭的に見合うかどうかは疑問があります。

また、損害賠償請求訴訟の判決では、仮に勝訴したとしても金銭の支払が命じられるのみですので、判決に従って実際に支払われるかどうかの保証がないことはもちろん、訴訟が終わった後に鳴き声が止む保証もありません。

さらに、訴訟を通じて一層対立が深まり、より深刻な紛争を招くおそれもあります(ピアノの騒音が原因で起きた殺人事件もあります。)。

したがって、近隣紛争の解決を図る際には、後の生活も視野に入れた対応が必要となります。

4近隣紛争の一例

〇隣地の木の枝が私の土地に越境してきて予定している増築工事ができないのですが、なかなか切ってくれません。自分で伐採しても良いでしょうか?

隣地に生えている樹木が土地の境界を越えて伸びてくるということは珍しくないと思います。しかし、このようなケースで隣地所有者に無断で伐採することは、そのままにしておくと危険が生じる等の緊急性が認められない限り、原則として認められません。

そこで、このようなケースでは、隣地所有者に対して切除を求めることができます(民法233条1項)。なお、根が越境している場合には、自ら切り取ることができます(同条2項)。

相手が切除に応じない場合、訴訟によって請求することも可能ではありますが、こういったケースが訴訟に馴染まないことはこれまで説明してきたとおりです。法律上の規定があることを丁寧に説明するなどして、話し合いで解決することが望ましいでしょう。「面倒なのでそちらで切ってほしい。」などと言ってきた場合には、承諾書等の書面に署名してもらった上で切り取りを行えば、後のトラブルを防ぐことができます。

〇隣の家の出窓が自分の土地に越境していることが分かりました。どのような請求ができるでしょうか?

民法234条では、土地の境界から50センチメートル以上離して建物を建てなくてはならないと定められており、自分の土地であっても、原則として境界のぎりぎりまで建物を建築することはできないとされています。このケースでは他人の土地にはみ出しているわけですから、このような建築が認められないことは明らかです。

そこで、隣家の所有者に対して出窓の撤去や損害賠償を求めることが考えられます。しかし、撤去を求める場合には、時期に注意する必要があります。民法234条2項では、建築の着手から1年経過したとき、または建物の完成後は損害賠償請求のみできると定められており、撤去の請求に時期の制限があります。

このケースは越境しているため、民法234条2項が直接適用される場面ではありませんが、既に建物が完成していて撤去に多額の費用がかかるような場合、撤去の請求が認められないことも考えられます。ですから、撤去を求めるのであれば、建物が完成する前の早い段階で請求を求めることが重要です。

仮に撤去を求めるのが難しい場合、金銭を支払ってもらう、越境の事実を認めてもらい出窓により支障が生じた場合には誠実に対応することを約束させる、等の対応が考えられます。このケースでも、話し合いによる解決が望ましいでしょう。

ポイント

 近隣紛争には、大きく分けて相隣関係に関する問題と、騒音等の生活上の問題がある。

 近隣紛争の解決手段は、他の紛争と同様、当事者間の話し合い、裁判外紛争解決手続(ADR)、民事調停、訴訟等がある。

 近隣紛争は、感情的になりやすい、長期化しやすい、金銭的には高額でないことが多い等の特徴があるため、費用や時間をかけて裁判手続により解決を図ることが適当でないケースが多い。

 紛争の性質に合わせて適切な解決手段を検討し、後の生活に支障をきたさないような解決手段を選択することが重要となる。

原田真 このコラムの執筆者
原田真(ハラダマコト)
一橋大学経済学部卒。株式会社村田製作所企画部等で実務経験を積み、一橋大学法科大学院、東京丸の内法律事務所を経て、2015年にアクセス総合法律事務所を開所。
第二東京弁護士会所属。東京三弁護士会多摩支部子どもの権利に関する委員会副委員長、同高齢者・障害者の権利に関する委員会副委員長ほか

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